あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。〈終〉 第11話「あの夏に咲く花」

10話までの評価を維持したまま見事に着地させたスタッフに拍手です。予想外な部分をありながらも要点は押さえていたというか。自分としては感動というよりすごく穏やかで優しい気持ちになれた感じです。
あの日のことは断片的ですが、つることぽっぽから語られました。いろいろじっくり見直して繋いで解析しないとはっきりしない面もありましたが、2時間ドラマでもないわけだし、今さらトラウマシーンでもないのでこの程度の描写でちょうど良かったのでしょう。
花火=成仏じゃなかったと知りながら、バスターズの面々がそれぞれ自分のエゴで成仏してくれればと考えて動いていたと自省するシーンは絶対必要なシーンだったし、これがあったからこそ物語は収束する方向で加速したと思います。だからお金を工面して花火を作る努力も決して無駄じゃなかった。正直最初はゆきあつが個人でじんたんを呼んでまた「めんま成仏しなかったじゃないか!!」みたいつかみかかっていたらどうしようかと思いましたが、さすがに一歩大人になりましたね(笑)
全編を通じてゆきあつはネタ的に大活躍でしたが、彼のめんまへの愛が若干偏執的で、ワンピくんか&女装という手段が若干変態チックなことを除けば、次に目立っていたあなるも最後の最後まで本当の気持ちを隠してきたつるこもぽっぽも根は一緒なんだと思います。誰かへの憧れとそれが叶わなくて屈折した気持ちを抱えて10年間生きてきたという。直接言及はなかったけど、つるこのダサい眼鏡が小さい頃のあなるへのオマージュだったら(当のあなるはイメチェンしてるし、伊達メガネならなおさら)これまた恥ずかしい、ある意味微笑ましい話ですよ。
しかしめんまの願いの確信が涙とは、最終話に来て名作「true tears」と涙でつながった。「あの花」=「涙を失った少年の物語」、「最終話でじんたんが流した涙」=「true tears」という解釈もアリでしょう。人が涙を流すのは心が震えた時という言葉は今でも忘れはしません。「true tears」との大きな違いは「涙」というテーマがはじめから出ていたか伏せられていたか。はっきりは言えないですが、1話からじんたんを見直すとわかることがあると思います。とりあえず自分はじんたんを軽いひきこもり→やればできる子とかめんまとあなる2人の女に好かれるリア充とかTシャツの柄ばかり見ていたので、ほかの感想ブログのほうが詳しく書いているかと思います。
故人の想いとか願いを胸に秘めて生きるというのは、とても深くて難しい、言いかえればエネルギーが必要なことだと思います。じんたんはこれからあなると付き合うのかも知れないけど、まだこの一件でスタート地点に立ったばかりなわけだし、めんまに生まれ変わって嫁にという気持ちをどう昇華させて生を刻むのだろう。亡くなった時、節目の時は故人に対して殊勝な気持ちになるけど、いざ普段の生活を省みるとあの日の想い、誓いは反故にしていたり、片隅に置きっぱなしにしてそのままだったりということは珍しくないです。かといって過度に意識して引き摺るのもまた違うような気がする。10年後も20年後も泣いて笑って怒って、女装するやつもいるけど「いつか帰るところ」に集まれる仲間がいたら、それで十分なのかも知れません。
最後にめんまとみんなの別れはつらかったけど、同時にこのアニメとの別れはつらいし、同時にすっきりしてまた日常へという活力も感じるラストでした。オリジナル作品はやはり良いものです。スタッフ、キャストの皆さまありがとうございました。